文系アラサー女はフリーランスになれるのか?

文系アラサー女が家族の介護をきっかけに、フリーランスになることを決意。フリーランスになるまでの奮闘の記録。

「嫌われる勇気」を持つと、人を信じることができる。そして幸せになる。

f:id:freelance-fujiblog:20190103152252j:plain


2019年も50時間を過ぎました!

何もできていなさ過ぎて、焦っている…ふじです。

 

本日は、幸せになりたいだけなのに、心が満たされず、身近な人でさえも信じることができない女性に伝えたいことがあります。

 

世界中の人間の中で、たった一人信頼できる人がいれば、あなたは幸せになれるよということ。

 

「嫌われる」勇気を持つ

あなたはいま、

  • 自分の性格の悩みを相談できる人はいますか?
  • 自分の家族の悩みを相談できる人はいますか?
  • 自分の性癖の悩みを相談できる人はいますか?
  • 自分の仕事の悩みを相談できる人はいますか?
  • 自分のお金の悩みを相談できる人はいますか?

仕事のことは、この人に相談している。お金のことはこの人に相談している。

セックスのことはこの人に相談している…というように、一人にすべてを相談できなくてもいいと思います。

とはいえ、相談できる人ってそう多くはいないはず。

 

なぜなら上記の悩みは人それぞれ悩むポイントや価値観が違うから、こんなことを相談して嫌われたらどうしよう、ドン引きされたらどうしよう、怒られたらどうしよう…という感情が芽生えますよね。

 

まあ万人から好かれるということはあり得ないので、同じように思っている人がもしいたら、今すぐ「嫌われてもいいんだ!」と思うようにしましょう。

 

例えば、セフレには恥ずかしげもなく色んなことを要求できるのに、本当に大好きな人には、何も言えない…っていう。皆さんも経験ありませんか?(笑)

 

こんなことをお願いして嫌われたらどうしよう…フラれたらどうしよう…

という感情が芽生えていたのは、間違いないですよね。私もそう思って言えませんでした。

 

でも、そのままではいつか必ず苦しくなります。

一生我慢し続けなければならなくなります。

 

忍耐が美徳とされたり、耐えている自分にエクスタシーを感じることってありませんか?好きな人であればあるほど、我慢をしてしまいがちですよね?

私もドMの癖があるので、たまに我慢しすぎることがあります。

でも、そのままでは絶対に幸せにはなれません。

これは人間関係とかだけではなく、仕事においても同じだと思っています。

 

 

「嫌われる」勇気を持つためには?

自分が好きだと思う人を信じてください。

恋愛感情だけじゃなくて、尊敬という意味で「好き」でもなんでもいいです。

 

相手は私が何を話しても「嫌いにならない」と信じて、自分の心の内を明かしましょう。

話を切り出す時が一番緊張すると思いますが、「受け入れてくれる」と思い込むことが大事です。

嫌われるか嫌われないかなんて、話してみないとわからないので、相手は私のことを「受け入れてくれる」と信じて受け入れるしかないのです。

 

実際に話してみて、受け入れられなかったらどうしたらよいか?って?

それはそれで、受け入れられなかったということを受け入れましょう。

 

本当の自分を受け入れてくれない人と、これからも関係を続けていきますか?

自分を表現して、受け入れてくれる人を探し続けたほうが幸せになれると思いませんか?

もしかしたら、中学高校大学時代に出会った友人には理解されないかもしれません。

 

世界中にはいろんな宗教や習慣や文化があって、それぞれを受け入れ合いながら共存しています。

たまたま住んでいるところが近かっただけで出会った友人に、本当の自分を受けいれてもらうことができなかったら、ほかの場所で探せばいいと思いませんか?

 

なーんて、偉そうに言葉を並べてしまいましたが、私自身も学生時代に出会った友人も大事です。

受け入れてくれないだろうと思ったら、わざわざ話すようなことはしていません。

関わる頻度を少なくしていけばいいだけです。

他の場所で自分と同じ価値観や考え方を持っている人を探すことに時間を費やしましょう

 

 

相手を信じて、相手を受け入れる。

相手を信じる気持ちを育むことはとても時間がかかります。

私が本当に信頼している人(なんでも相談できる人)は片手に数える程度しかいませんが、一番関係が浅い人でも2年以上のコミュニケーションがあります。長い人では10年以上。

 

「簡単に崩れない信頼関係」を築くためには、自分が相手を信じて、お互いが小さな主張や小さな相談を繰り返して信頼関係を深めていくしかないのです。

 

例えば、今のパートナーとはお互いがお互いのことを信じられない状態から関係がスタートしていましたが、今はとても信頼し合えていると思います。

 

付き合い始めたころは、私も四六時中見張っていないと心配だったし、相手も私のLINEを勝手に見たり、GPSでお互いがどこにいるかわかるようにしていたりしました。

 

私のLINEを見て、この人とは(肉体)関係があったの?と質問してくるので、つい私は「ない」と答えるのですが、大体ウソは見破られ…「次にウソをついたら別れる」と言ってものすごい不機嫌になり、ウソをついてしまった心情を細かく説明しては元に戻り…というのを繰り返していました。

「こいつとも関係があったんかい」と思われるのが嫌で、ついウソを言ってしまうんですよね。

 

こんな、人様にお聞かせするのも恥ずかしいようなやり取りですが、今思うと彼は私がどんなにビッチであったとしても、過去のこととして受け入れ、ウソをつかないという関係をつくろうとしていたのかなとも思います。

 

それ以降、私はウソをつくことを恐れるようになったし、「嫌われること」を恐れなくなりました。なぜなら、ウソをついて、機嫌が悪くなるほうが100倍面倒くさいから(笑)

 

彼は彼で、いくら自分が機嫌を悪くしても、自分のありのままの気持ちをぶちまけても、ある程度受け入れていた私を信頼したのではないかと思います。

 

今では、LINEチェックされることもなくなりましたが、見られて困るものは何もないので、お互いにお互いの携帯端末を触っていても何とも思わない関係が出来上がりました。

 

GPSで繋がっていることもないし、お互いがどこで何をしていようと、きちんと連絡さえしていれば、相手を信じて快く受け入れるし、相手を尊重したいと思える関係ができていると感じています。

 

初期の私たちを傍から見ていた人は、大丈夫か?と思えたことでも、当人同士にとっては信頼関係を築くために必要なプロセスだったと私は思っています。

 

だから、正解のかたちはない。

相手を信じて、相手を受け入れるということを繰り返すしかないのです。

 

もしかしたら、信じる相手を間違えて傷つくこともあるかもしれないけど、私も初めから今のパートナーに出会えたわけじゃないし、たくさん傷ついたし、誰かを傷つけたこともあります。

 

ただ、信じるという行為は自分からするしかない”ということ。

そして自分の信じる人に信じてもらえたら、本当の幸せを感じることができるんじゃないかなと思っています。

 

幸せのかたちや定義は人それぞれだけど、私は人を信じることで自分も相手も幸せになれると思っているので、この話をしました。

 

共感してもらえる人に届いたら嬉しいです。

 

長文にお付き合いいただきありがとうございました!